手フートの調整備忘録

手フートを始めて使う方など印刷してみたけど、「なんだかうまくいかないな..」「他の人に比べてきれいに印刷できていないな..」という経験ありませんでしょうか?

今回は、手フートの調整について備忘録として記事を書きたいと思います。

手フートはニッチな機械なので情報が少なく、同じように試行錯誤されている方もいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方に、この備忘録が役に立ってくれたらという思いで書いていきます。(長文になるため、少しずつ記事を追加していきます。)

また、調整するときにいろいろと参考にさせていただいた先輩プリンターさま方にまずはお礼を申し上げます。リンクを貼っておきますので、合わせてみていただくとより知識を頂けるのではないかと思います。

お使いの手フートのメーカーについて

手フートは有名なところではAdanaや永井機械鋳造株式会社(NGI)など色々なメーカーのものがあります。インターネットで検索していると、メーカーのわからないものもありますが、どれが良いというのは好みにもよると思います。活版印刷眼鏡と猫ノ舎では朗文堂さんの「Salama-Antiqua」と「Salama-21」を使っています。こちらは現在でも唯一新品で購入できる手フートになります。

手フート(朗文堂 Salama-21)

Salama-21

手フート(朗文堂 Salama-Antiqua)salama-21より圧がかけられる

Salama-Antiqua

今回は「Salama-Antiqua」をメインに説明をしたいと思いますが、手フートは先にあげたメーカー間で調整方法に違いがあります。また、同じ種類の機械でも個体差がある場合もありますので、お使いの手フートと向き合っていくことが大切です。

この備忘録では、手フートに関する数値がいくつか出てきます。調整するためには感覚も重要ですが、何より数値をもとに設定をつきつめていくことが必要になるからです。専門用語や活版についての知識が多くないという方にもできるだけわかりやすいように書いていきたいと思いますのでお付き合いください。

まずは基礎知識

最近は活字を所有している印刷会社は少なくなり、樹脂版や亜鉛版などの金属板を利用する方が多くなりました。私たちは少しだけ活字も持っていますが、持っているものだけで何かを作ろうとすると足りておらず、後者になります。

メタルベースという土台に樹脂版もしくは金属板を貼り付けて印刷する形になります。

活字から版へと活版印刷の主流は変わってきていますが、まずは基礎知識として、活字には高さの規格があるんだよということを知って欲しいのです。調整の基本として参考になる数字は多いほど良いと思います。そして、活字の規格は、23.45mmです。2345と続いている数字なので一旦インプットしてしまいましょう。誤差については活字のポイント数によって3〜24ptでは±0.03mm、26.25pt以上では±0.04mmと日本工業規格で定められているそうです。

ひらがなの活字

活字もメーカーは様々(朗文堂さんのひらがなの活字)

オークションで購入した活字

オークションで購入した活字

余談ですが、活字が全盛期だった当時、関東と関西で活字の高さが違ったという雑学を教えていただいたことがあった気がするのですが、真実は私たちにはわからないので上記を規定値と考えて調整を進めていきます。

まずは、メタルベースに版をつけた時の高さをこの活字の基準の高さに合わせるというところからスタートしたいと思います。印刷するたびに、メタルベース+版の高さが違うのでは毎回調整しなくてはいけなくなってしまいます。そこで、私たちのもっているメタルベースを実際に測ってみると2種類のメタルベースがありました。

21.89mm と 22.38mm(実測値、理論的には0.5mm差の22.39mmではないかと思います。)お使いのメタルベースがどちらかはノギスなどを利用して、お使いのメタルベースをご確認さしてください。21.89mmの場合は横に記載されていました。

メタルベース 21.89mm

21.89mmのメタルベース

メタルベース 22.39mm

組み合わせて使うメタルベース、測ってみると22.38mmと0.5mm差があった。

23.45から各メタルベースの数値を引き算すると以下のような表になります。

活字の高さ-メタルベース数値最適な版の厚み
23.45mm – 21.89mm1.56mm1.5mm 誤差±0.06
23.45mm – 22.39mm1.06mm1.0mm 誤差±0.06

誤差については計算上規定収まっていないのですが、版をつけるときのノリやシールの厚みも依存するのではないかなと考えています。例えば22.39mmのメタルベースと気づかずに1.5mmの版をセットしてしまった場合、最終的な厚みは23.89となってしまい、規格より0.5mm高くなってしまいます。たった0.5mmと思われるかもしれませんが、この0.5mmが致命傷になりかねないのが活版印刷の難しさであり、奥深さでもあるのです。

数値では測れないこともある

実際に活字を測ってみると一つ一つ全然数値内に収まっていないというのが現実かもしれません。それらを調整するのが私たちの腕の見せ所ともいえるでしょう。前提として基本の数値を知っておくことは大切ですが、数値では収まらなくてもしょうがない部分もあるんだよくらいの心の余裕を持つことが大切です。実際に昔の活字は前出の規格におさまらなかったものも多々あると聞いています。

実際に測ってみました。

ノギスで測ってみた活字1

ノギスで測ってみた活字2
ノギスで測ってみた活字3

全部違いますね…汗

調整を始めましょう

まずは先ほどの前提条件が間違っていないかをしっかり確認してください。そもそものベースが間違っている場合、調整は意味をなしません。そしてもう一つ大切なことは自分の理想の完成形を決めること。もし、どなたかから活版印刷の美しい名刺をもらっているのであれば、理想としてそちらを目指してみましょう。では、版をセットして実際にプリントしてみてください。当たり前ですが、この時点でうまく印刷できたのであれば、調整は必要ありません。

前準備について

もし、どっぷりテフートと向き合ってみたいという方にはいくつか道具を揃えておくことをお勧めします。以下は私が調整するために用意した道具になります。もちろんなくてもなんとかなります。

ノギス

ノギス(正確なサイズなどを測ります。)役立ちました。

ルーペ各種

ルーペ5倍〜15倍程度(版についたインクの状態や印刷した状態の確認のため)こちらも役立ちました。

町工場で作ってもらった活版印刷の道具。ローラーまでの適正距離を測る。

版とローラーの距離を測る道具(町工場で特注して作っていただきました。)円柱の直径が23.45mmになっており、ローラーとテフートの間に入れてインクのつき具合を測ります。

調整は主に3つの項目に分かれます

ひとつは、版にインクがきれいにのること。
ふたつめは、版が紙に当たる際に、並行にあたること。
みっつめに、思い通りの圧がコントロールできること。
にわかれると思います。

1、版にきれいにインクをのせよう

この中で一番難しいのはひとつめの「版にインクがきれいにのること」ではないかと思います。なぜなら関係してくる部品が版だけではなく、ローラーやコロ、テフートのレール部分(ローラーが通る部分)と複数の要素があるためです。特にローラーは消耗品ですし、コロも消耗します(Salama-Antiquaの場合はコロが硬いプラスティックのような素材だったのですが、ノギスで測ってみると何度も通る箇所がわずかに削れていっているようでした)。消耗品を調整するのは非常に難しいので、ほとんどの方はテフートの方を調整します。

といってもテフートには、最初から版とローラーの距離を調整するような機能は備わっていないため、レール部分に自分でテープ(私はホームセンターで売っていたアルミテープ)を貼って調整していくことになります。アルミテープはホームセンターで600円程度でした。いろいろ調べてみると、摩擦に強い3Mの特殊なテープを使っている方もいるみたいです(価格が高すぎて手が出ませんでした。)

アルミテープ

アルミテープ(ホームセンターで500円程度)手を切らないように注意してください。私は切ってしまい血がでました…

アルミテープでレールを調整した活版印刷機(手フート)

レール部分にアルミテープを貼った様子。1枚ずつ重ねては印刷と版のインクの状態を確認し、最終的に4枚ほど重ねたところで理想の調整具合になりました。

なぜきれいにインクをつけるのが大切なのかについて、まずは2つの版をマクロレンズを使って撮影してみましたので、これを使って説明していきたいと思います。

ルーペなどでみるとわかるのですが、金属版、樹脂版共に基本的に山型になってます。この斜めになっているというのが調整時に気にしなければいけないポイントです。この斜めになっている部分を以降「傾斜」と呼ぶこととします。

金属版のアップ。

金属板をマクロで撮影

樹脂版のアップ。

樹脂版をマクロで撮影

金属版のアップ。

さらに特殊なマクロで真上から撮影

金属版のアップ。山型になっているのがわかる

特殊なマクロで斜めから撮影。山のようになっているのがわかる。

この傾斜にインクがついてしまうと、強く圧をかけた場合この傾斜についたインクが紙に写ってしまい、にじみの原因や汚れ、デザインが太るという悪さをしでかします。つまり版の表面にだけしっかりとインクがのるように調整できれば、強く圧をかけたとしても問題なく印刷できるというわけです。

この理想の状態を目指すにはローラーと版が当たる距離を調整する必要があります。ちょっと格好悪いですが、手書きでイメージを描いてみました。

インクがついた版の図(適正についていない失敗例)

【図1】版とローラーの距離が近すぎて版の傾斜にインクがついてしまったケースです。印刷すると圧次第ですが傾斜についたインクが写ってしまいます。

インクがついた版の図(適正についている成功例)

理想型です。傾斜にほとんどインクが付いていないですが、表面にはしっかりとインクが付いています。強く押しても凹みがくっきりと目立ちシャープな印刷になります。

調整では、この【図2】を目指していきます。①版をテフートにセットして②インクをつけて印刷したら、③チェースごと外して④ルーペで版を見てみます。⑤版の傾斜にインクがついていたら、一度拭き取ります。⑥印刷した紙も圧や品質をルーペで見てみましょう。その後、⑦テフートのレールにアルミテープを貼る作業が1セットです。理想のプリントに近づくまで①〜⑦を繰り返してみてください。面倒でもルーペでしっかりと確認しておくと良いでしょう。

また、前出の数値も利用して大体のあたりをつけておくと、どの部品を調整すれば良いのかあたりをつけることができます。

2、版が紙に当たる際に、並行にあたるように調整しよう

次にプリントの際に版と紙が並行に当たるように調整します。例えばSalama-Antiquaならチェースは横24cm縦18cmほどで、この中にメタルベースをジャッキでとめるので、実際の印刷可能な面は頑張ってもB5程度です。ただし版と紙を並行に当てるには印刷面が広ければ広いほど難しくなります。

なぜなら偏ってしまっている場合、版の設置面からの距離がでるほどズレが大きくなるためです。そのため、印刷面が大きくなるほどシビアな調整が求められるということです。

この調整は数値というよりも、実際に印刷してインクが薄くなっているとか、圧がかかってないとか、詳細を見ながらつめていくことになります。この時、ナットをモンキーレンチなどで緩めたりしめたりしながら調整するのですが、少しの調整で大きく影響が出ることがありますので面倒でも少しづつ調整するようにしてください。

何度もやってみたけど全然だめだ…という場合は心機一転一度リセットしてみると良いでしょう。

活版印刷機を横から見た写真

リセットしてみた状態。上下左右の隙間をなくしてニュートラルな状態に

活版印刷機の圧盤の位置調整を行う
ナットを緩め活版印刷機の圧盤の位置調整を行う

ナットを自分側に調整すると圧盤はレールに近くなる。逆に機械側に調整すると圧版はレールから離れる。

版とローラーを外して印刷する位置にハンドルを合わせます。調整がうまくできていない場合、横から見るとレールと圧盤がぴったりとくっつく状態になっていなかったり、左右の隙間が違ったりしているはずです。こちらをまずは上下左右をぴったりくっつくように調整しましょう。リセットできたら、もう一度版とローラーをセットして改めて調整をしていくと良いでしょう。

この際に、もう一点気にしてみて欲しいポイントがあります。それは、どこに版をセットしているかということです。例えばチェースの右上、真ん中の上、左上、右の中央、ど真ん中、左の中央、右下、真ん中の下、版のセットする位置によって圧やあたり方が異なるという点を理解しておくことです。例えば手フートの場合は版に対して、圧盤は貝が開いたり閉じたりするように斜めに開閉します。なので版と圧盤がちょうど印刷されるポイントで並行になるように調整するには、上記のようなポイントも関係してくるのではないかと思います。

根気よく頑張ってみてください。

3、思い通りの圧がコントロールできるかやってみよう

これは、永遠の課題かと思います。
圧や美しい印刷になるかどうかをコントロールするには、胴貼りが肝になります。この胴貼りに調整用に紙を入れてみたり工夫することが必須になってきます。
また、強圧にこだわりすぎると印刷機ごとの印圧にも違いはあり、手フートになるとどうしても限界はあるものです。

とは言いつつもいくつかできることもあるかなと思いますので、良い方法かどうかは別としていくつかやってみた結果を簡単に紹介します。これらの方法はどうしても裏面に影響が出ますのでご了承ください。

圧盤に取り付けた胴貼りとブランケット

胴貼りの下にブランケットを入れてあります。最終的に自分の気に入った印刷ができるように試してみることが大切です。

とにかく強圧にしたい。

・とにかく思いっきりぎゅーってしてみる(笑)

・一度空押しした紙を下に当てて印刷する。
・胴貼りのブランケットを柔らかめのものにしてみる(胴貼りの間に柔らかい紙をかましてみる)。

・版のセットする位置を下の方に変えてみる(貝殻のようにパタンと閉じるので下の方が圧が強くなると思われる)
・コットン系で柔らかい紙に変更してみる。
・空押しの場合、メジュームなど透明のインクをあえて使ってみる。

さらに裏面に影響でないように調整したい場合は

・強圧でさらに裏面に影響がでない程度で圧力調整しながら押す(笑)
・さらに厚くて柔らかい紙を使う。
・胴貼りのブランケットを全部外して硬めの調整を試してみる(機械や版に影響がでそうなので個人的にはお勧めしません。)

まとめ

ここまで、長文にお付き合いくださりありがとうございます。お持ちの手フートの調整はできましたでしょうか?活版印刷これからも楽しんでいただけましたら幸いです。私たち活版印刷眼鏡と猫ノ舎も今後とも楽しい活版印刷を目指して頑張ります。

参考になったリンク集

なにわ活版印刷所さまの「手フートの飼い方」遡るととても勉強になりました。
活版印刷研究所さま
郎文堂 サラマ・プレス倶楽部さま

この記事を書いた人

眼鏡さん

活版印刷眼鏡と猫ノ舎の中のひと。試行錯誤しながら活版印刷を楽しんでいます。デザインが好きでアナログが好き。猫派です。